3 熟練した職人の技術で作られる「ウォッチマット」

3 熟練した職人の技術で作られる「ウォッチマット」

そんな「クロコファンショップ・ガウディ」の協力のもと、実現したのが今回の「ウォッチマット」です。

 

これは“高級時計をディスプレイするための敷物”で、傍目にはクロコダイル革が一枚だけ、ポンッと置いてあるだけに見えるかもしれません。同じことをもっと安くやろうとして、クロコダイルの革を買ってきて置いておけばいいんじゃないかと考える方もいるでしょう。

 

しかし、これは『大切な高級時計を受け止めるためのアイテム』です。日常の中では心身が疲労している瞬間も少なくありません。腕元から時計を外して時計を置くその瞬間、気が緩んで油断していることは十分にあり得ることです。素材の状態の革(皮)が置いてあるだけではその際の衝撃を吸収できず、腕時計が破損するリスクが存在します。

 

つまり、『十分なクッション性を確保しつつ、同時に薄さも確保する』ことが求められます。そして、意外に思われるかもしれませんが、この『薄さ』を実現するのには熟練の技が不可欠なのです。

 

この、『薄さ』を実現する技術のうち、特に重要なものとして「漉き(すき)」が挙げられます。「漉き」とは革の裏面を削って薄くする加工のことです。

 

なぜ漉くのか?その理由は2つで、「軽量化」と「加工しやすくするため」です。“スッキリしていて軽い”、すなわちエレガントな製品を作るにはこの「漉き」の良し悪しが直結するからです。折り曲げたり、へり返したりする部分の厚みを削って、きれいな仕上がりになるようにします。例えば、上手く漉けていない革で製品を作ると、微妙に凸凹していたり、厚くぼてっとしたものになってしまいます。

 

もちろん、革が厚いことにもメリットはあります。耐久性が増すので一概に薄くすればいいというものでありませんが、大切なのは両立すること、つまり「その極限の見極めができること」と「その漉きを実行できること」です。

 

「漉き」ではまず、ベタ革(裁断した革全体)の状態で部位により平均0.80.9ミリを目途に薄く漉きます。さらにコバ漉きと言い、切り目のコバ面や縫い合わせる部分はさらに薄く漉いていきます。​コンマ何mmという非常に細かい単位での加工になる上、革は1枚ごと・部分ごとに固さや厚みが変わるので、1枚ごとに削る量や力加減を調整して進めていきます。どこまで漉けるかの判断は、クロコダイル革への知見と長年の経験、つまり『職人の勘』で行われます。ゆえに、牛革製品の職人やクロコダイル革にあまり精通していない作り手の場合、漉き切れることを恐れて「十分な漉きを行わない」ということも少なくありません。

 

まさしく「漉き」は、ガウディが徹底的にこだわっている工程として、その筆頭に挙げているものです。それによりガウディが作るクロコダイル製品は“スッキリしていて軽い”というエレガントの極みを実現しています。

 

 

 

 

妥協のない「漉き」によって、「ウォッチマット」は3.5ミリの厚みの中に、驚異の『4層構造』を内包しています。

 

まず、何といっても表面を飾る『1級のポロサスクロコダイル』をセンター取りした1枚。正に商品の顔であり、この野性的ながらも格調高い雰囲気は、それが置かれた空間を支配するオーラを放っています。

 

2層目は、革の裏貼り。クロコダイル革の裏には裏貼り専用のシートが1枚、入っています。これにより革が伸びたり、背面から劣化したりすることを防止します。

 

3層目は、クッション材。時計を守るための十分なクッション性を持ちつつも、厚くなり過ぎないようにミリ単位で調整を重ねました。

 

4層目は、「ウォッチマット」の背面です。ここには滑り止めとしての機能が求められますが、世界トップクラスのポロサスに合わせるのです。当然、妥協はできません。まず、表に負けないだけの美しさを確保するため、化学用品ではなく天然のレザーから検討し、十分な摩擦を得られるスエードを採用しました。スエードとはクロムでなめした皮を回転砥やサンドペーパーなどで磨いて毛羽立たせたもので、その毛羽が高い摩擦係数と吸湿発熱性を発揮します。

 

続いて、スエードの中でも「どの種類の革でいくか」で悩みました。例えば、牛革のスエードは起毛していながらも高級感があります。ポロサスの裏方としてはこれもまた良いアイディアでした。しかし、その美しさと引き換えに重さと堅さが出てしまいます。これは「ウォッチマット」の目指す方向性から少し外れることとなってしまいます。

 

こうした試行錯誤の結果、最終的には「豚のスエード」に決まりました。豚のスエードは東京都立皮革技術センターが行った調査によると天然皮革の中で「摩擦係数の高さが顕著」と評価されるほどのポテンシャルを持ちます。そして当然ながら、やはり自然由来のレザーは美しく、柔らかくて、ふかふかで、裏面ですが手触りも最高です。大切な腕時計を視覚的に、且つ、物理的に支えるパートナーとして、納得していただける存在感と安心感をご用意できたものと思います。

 

 

もう一つ、「漉き」の技術力を存分に発揮されているものに、縁(端っこ)の処理があります。

 

レザー商品の縁というと「切り目本磨き(切り目磨き手法)」を思い浮かべる方も多いと思います。これは切ったコバに染料を入れてから仕上げ材で磨く方法で、ほのかにツヤがありナチュラルな見た目を作り出します。見映えにエッジを利かせる方法で「洗練されていてシャープ」「フォーマルでしっかりしている」「鋭角的でビビット」と言われるような仕上がりを見せます。高級感を演出するために優れた方法です。

 

しかし、実は、今回採用しているのはコバ塗りではなく「ヘリ返し」という方法です。これは最終的な商品のサイズより革を大きく裁断しておき、端の部分を折り返して縫製する手法です。

 

上述の通り、「切り目本磨き」は全体的にシャープな印象となります。それは明確に縁を取ることで、さも境界線で仕切られているようなデザインになるからです。一方、比較すると「ヘリ返し」は商品の縁が曖昧になります。その結果として、見た目の印象としては柔らかく、穏やかで落ち着いた雰囲気を商品にもたらします。

 

「ウォッチマット」はあなたの生活空間の中に居場所を見つけるアイテムです。とんでもない存在感を発揮する“超絶美麗なポロサス”だからこそ、そのディテールではアピールを弱めることでよりエレガントに、よりナチュラルに空間に溶け込み、その場をよりラグジュアリーなものにすると考えました。(そしてその試みは上手くいったように思います)

 

この「ヘリ返し」を行うのに、やはり重要なのが「漉き(すき)」、つまり革を薄くする技術でした。革を折ると単純に厚さは倍になります。そうならないように、重なる部分を漉くのです。これはミリ単位以下の繊細な調整であり、革の耐久力のギリギリを狙う行為です。それを失敗の許されない『一級ポロサスのセンター取り』に対して実行するのです。説明がないと気付けない非常に細かい部分ですが、重圧に負けない職人の精神と技量を堪能できるポイントとなっております。

 

「漉き」以外の技術的工程で重要なのは(全て重要なのですが)、「裁断」と「縫製」を挙げたいところです。

 

革を選び、型入れした部位で問題ないかどうか再度確認し、「裁断」を行います。ものによっては断面が直接目に触れることもあり、総合的な革への経験が求められる重要な工程です。

 

ほとんどの革製品はクリッカーという機械で裁断を行いますが、理想は職人が包丁を使用して行う「手裁断」です。そうすると革表面の状態を確認しながら革を断つことができるメリットが生まれるのです。やはり実際に手で触れることに勝る確認方法はありません。職人の勘としか言いようのない領域は確かにあり、ここを怠らないことで最終的な製品の、『説得力』と言うような美しさや整合性に磨きがかかります。

 

次に「縫製」です。多くの人は家庭科の授業などで布をミシンで縫う、というのはやったことがあるかと思います。しかし、革製品、特にクロコダイルの「縫製」の難易度はそれとは遥かに別物です。

 

まず、クロコダイル革はその特性上、谷間の存在で表面に凹凸があるため、慣れていないと真っすぐ縫うことが極めて難しい素材なのです。ミシンで布を縫う時、ちょっとでも弛みがあると方向がずれてしまいます。ミシンは縦方向の直線運動のため横からの力に極めて弱いです。しかも止めるのが少しでも遅れるとぐちゃぐちゃになってしまいます。こうなったら希少な素材が1枚、無駄になります。

 

そして当然のことながら、固い。凸凹という立体性自体やっかいなのに、それが固い素材としてあるのです。慣れていない女性ではミシンと革の衝突に振り回されてしまうでしょう。革の縫製は『繊細な力仕事』と言えます。

 

さらに、革の繊維の方向性を見切ることも重要です。革に針を通すとき、力で押し切ることはできますがそれをやってしまうと穴が美しくなりません。長年の経験から革の内部の繊維の在り方をイメージして思い切りよく針を進めていく。これは長年の経験がものをいうところです。

 

このように、「凸凹だけでも難易度が高いのに、それをクロコダイル革という固く繊維質な素材に、革に小さな傷一つ付けることなく、きれいにまっすぐに縫っていく」というのは隠れた“職人芸の見せ所”なのです。

 

クッション性があって、滑らず、薄い。「ウォッチマット」の4層構造から生まれる機能性は、このような職人さんのとんでもない技術力によって実現しているのです。

ブログに戻る